こんにちは。サポテックラグとメキシコ雑貨のお店「ナダ」の山口です。
今日は、河出書房新社「チョコレートの歴史」の紹介・感想についてです。
前編、後編に分けてお届けします。ぜひ、お読み下さい。では、どうぞっ~。

本書の表紙と裏表紙/表紙の絵はもうちょっとなんとかして欲しかった

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ゴディバチョコレートが高価なものでプレゼントに喜ばれるという点については
あまり詮索せずにおこう。
「チョコレートは~明治♪」、もしくは「チョコレートはガーナ」というキャッチフレーズが日本のチョコレート好きの間でまかり通っていることにも目をつぶろう。
2月14日近くになると、お洒落な店で華やかにパッケージングされたチョコレートが陳列されていることも大目にみることにしよう。(恩恵にあやかったことがないからだが)
チョコレートが栄養学的にもイメージ的にも媚薬効果があることも気にするまい。

しかし、チョコレートは人類誕生以来3000年以上、食べるものではなく飲むものだったことは多少、声を大にして言いたい。食べるチョコレートになったのはつい最近、産業革命を経てのことだからだ。

また、チョコレートはアフリカではなく、メキシコが発祥の地だったことが多くのチョコレート好きの間で無視されていることは放っておくわけにはいかない。
今から3000年以上前に現在のメキシコで生まれ、以来食材として、通貨として宗教のシンボルとして今でも大事に扱われ続けているからだ。
今宵、「チョコレートの歴史」を読み解き、甘くないチョコレートの話をあなたに紹介したい。2月14日やクリスマスが近づけば、もしくは、甘いものが欲しくなる度に、あなたは3000年前メキシコに住んでいた古代人がどんな思いでチョコレートを飲んでいたか思い出すかもしれない。

◆◇まず、この本の著者から紹介したい。ソフィー・D・ コウとマイケル・D・コウ2人の共著となっているが、夫婦で書いている。二人ともラテンアメリカの学者で、一方は料理についてもう一方は歴史を専門にする学者だ。もともとは、奥さんのソフィーが料理の分野から筆を執っていたが、執筆中に病で倒れてしまい、後を引き取る様に旦那であるマイケルが歴史の分野で書きあげた。なかなか、珍しいタイプの執筆方法だが、日本では、新田次郎の未完の小説「サウダーデ」を藤原正彦が書き上げたという構図に似ているだろうか。しかし本書は郷愁どころではない。なにしろ、、料理と歴史2つの分野から世界をまたぎ、3000年の時間をさかのぼりているのだから。

◆◇次に本書の構成だが、ノンフィクションとして全400ページを8章にまとめあげている。年代順、また、世界の地域ごとにチョコレート事情が書かれている。メキシコと南アメリカが発祥とされながらも、大航海時代にスペインがチョコレートを発見したところから、フランスのサド侯爵のチョコレート寵愛、ボルテールのチョコレート贔屓、イギリスのチョコレートハウスまで、アメリカのハーシーチョコレートまで文化的な側面でチョコレートがいかに政治や文化に影響を及ぼしたかも詳しくか書かれている。チョコレートが体い良いのか悪いのかなど医学的な分析もされている。さらに、原料のカカオを植物学的に分析している点にも説得力がある。
総じて、チョコレートの秘密や血なまぐさいエピソードが随所に描かれていてハラハラドキドキするまさに、「血塗られたチョコレートクロニクル」といったところだ。
「チョコレートの歴史」にはまさに3000年以上にわたる甘くて苦い発見と略奪が繰り返され、
人々がいかにチョコレートに憧れ、翻弄されたのかを思い知らされる。
それでは、この本の内容を元に「チョコレート」を探っていこう。
っとその前に、本書の「チョコレート」は、大部分が「飲むチョコレート」に割いている。実は、メキシコでは、チョコレートと言えば「飲みもの」で彼らは「チョコラテ」と言っており、今でも飲み続けている。その作り方はまた、番外編にでも紹介するとしてようやく本編をへ参ろう!

チョコレートはどこで誰が作り始めたのか?

マヤ文明よりはるか前に興った謎の多いオルメカ文明

ニシュタマリゼーションのオルメカ人

結論から言うと、オルメカ人がチョコレートを開発したとされている。場所は、メキシコのベラクルス州とタバスコ州あたりだ。
紀元前1500年頃、古代メキシコに住む民族で、日本では縄文時代に当たる。といっても、あまり高度な文明ではなく、有名なところで言うと石で出来た頭の遺跡「巨石人頭」でピンとくる人も多いと思う。ミヘ=ソケ語族系の言語を話し、「ニシュタマリゼーション」というトウモロコシを効率良く栄養価に変える調理法を作り出した点では十分な文明の礎を築いたというえる。このオルメカ人がカカオの木を見つけ、チョコレートとしてお湯に溶かして飲んだのだ。ただし、ミヘ=ソケ語でカカオのことを「カカワ」と発音されていたらしい。つまり、チョコレートの原料、カカオの最初の呼び名は「カカワ」だったのだ。残念なことに本書では、オルメカ人とチョコレートについてのこれ以上詳しい言及はされていない。ようするに、解明されていない点が多すぎるのだ。もしくは、次の文明「マヤ文明」と「アステカ文明」がすごすぎて、オルメカ文明が霞んでしまうのかもしれない。

文字のマヤ人

マヤ文明は、オルメカ文明の後、西暦250年頃に起こった。グアテマラとメキシコのユカタン地方の密林で石造りの神殿ピラミッドが建てられ、壁画、翡翠細工など都市国家を形成していった。絵文字を開発したのもマヤ人だったという。マヤ人は、書物の人であり、数々の絵文字を残している。

古典期マヤのカカオ神の像。エキパルチェアのような椅子に座って、カカオを指差している。
縦長のパネルに絵文字が書かれているが、未だ解読されていない。

マヤ文明は未だ、謎に包まれているが、カカオの絵がたくさん登場することには注目すべき点だ。マヤ人はオルメカ人からカカオをチョコレート飲料として飲むことを覚え、さらに独自の調理法もいくつか開発した。
一つは、チョコラテを泡立てること。もう一つが、チョコラテに様々な香辛料を入れることだ。(モレソースというメキシコ料理を代表するソースがあるが、その礎を築いたのはマヤ人だったかもしれない)。さらに、上質なカカオが採れるショコノチコ(後にスペイン語でソコヌスコになった。)をオルメカ系の民族から引きつづ、一大カカオ産地を作った。
しかし、色んな意味で次に登場するアステカ人の方がチョコラテに関しては高度な技術を持っていたようだ。

残虐?なアステカ人でメキシコ文明は頂点に

カカオ豆の貨幣価値

うさぎ一匹 カカオ10粒
七面鳥1羽 カカオ100粒
奴隷一人 カカオ100粒
トウモロコシの皮で包んだ魚 カカオ3通
娼婦 交渉次第

 

古代のメキシコ人をイメージする時、生贄だったり、血なまぐさい争いなどが取り上げられるがだいたいその民族はアステカ族を連想してしまう。確かに、アステカ人は、好戦的だったようだが、「残虐非道」というレッテルはコルテスを代表とするスペインがメキシコ征服を正当化するためのトリックだったという。にしても、先住民であるアステカ族を滅ぼしたスペイン人達のおかげで我々はより詳しいアステカ族の文化や性格まで知ることができるのはちょっと皮肉だ。


現在のメキシコの国旗は、アステカの神話に基づいて作られた。アステカの神「ウィツィポチトイ」が、アステカの民にこんな予言を授けた。

ある島にたどり着き、嘴に蛇をくわえた一羽の鷲がウチワサボテンに止まっているのを見る。彼らはその島に都市を築き世界を治めるため、やがて偉大な都市となるテノチティトランを築いた。

戦争に長けていたアステカ族は、カカオの産地ソコヌスコを奪い、重要なカカオ産地を発展させた。
アステカ族はメキシコ中部一帯を支配し、様々な階級の人物を形成し、独自の文化を作った。
特に特権階級として聖職者、戦士、長距離商人などが代表的な特権階級だ。そのような人たちがまさに、チョコレートの恩恵を受けた。反対に、一般の人たちは、「オクトリ」と呼ばれるお酒を飲んでいた。
実は、アステカ族はお酒を飲むのは好ましくなく、酩酊したら、厳しい処罰を受けた。だから、身分の高いものはお酒よりチョコレートを好んだのだ。また、チョコレートは栄養価も高く、神聖な飲み物としてアステカの戦士や長距離商人が戦いの前にチョコレートを飲んで自らを奮い立たせた。上流階級は、食後の最後に喫煙とともにチョコレートを嗜んだ。
それらの、調理法は、カカオに粉末状にしたチリを加えたり、トウモロコシ、ウエイナカストリという黒胡椒のようなスパイスやバニラを加えて様々な味のチョコレート飲料を飲んでいた。
それらを総称して、「カカワトル」と呼んでいたという。メキシコを征服したコルテスの側近が「カカワトル」の調理法は下記のように紹介している。
書いた。

カカオと呼ばれるこれらの種子は、すり潰して粉にし、他の小さな
種子も同様にすり潰し、この粉を突起のついた鉢に入れ、水を加えてスプーンで混ぜる。十分に混ぜた後、それを一つの鉢から別の鉢へと何度も移し替えて泡立て、その泡を別に用意した専用の容器に取る。(中略)これは、この世のいかなる飲み物よりも健康的で、滋養に富んでいる。というのも、これを飲んだ者は、一日中何も食べずに
どこまでも歩き続けることができるからだ。

ちなみに、アステカ人は、このようなチョコレート調理方法に様々なアレンジを加え、まさに多様なチョコレート飲料を
発明した。実は、アステカ人は、多神教で相反するモノを好む、なんとなく日本人に通じるような気がするのは私だけだろうか。

チョコレートの語源

メキシコ原産のカカオの木。幹に直接実がなる。

さて、チョコレートという言葉がどこから来たのだろうか?チョコレートという名前になったのは、17世紀になってからで、以前は「チョコラトル」とか「カカワトル」とか「チョコラッホ」などなど様々な語源説がある。
もっとも信頼性のある説は、アステカ族の言語ナワトル語でチョコレート飲料を意味する「カカワトル」が語源とされている。言うまでもなく、チョコレートはカカオの実からできる。そのカカオとトル(水の意味)が合わさったのがいわゆるチョコレート飲料だ。しかし、caca(カカ)という言葉をスペイン語で調べてもらいたい!かなりおげれつな言葉であり、格式高い西洋人が汚い言葉を美味しいドリンクに使うわけがない。そこで、カカウをchoco(チョコ)と変化させチョコレートになったという。
それでも、この説が100%正しいわけではない。なにしろ、いっぱしの学者が、”チョコラテを作る時「チョコチョコチョコ」というかき回す音から派生した”と本気で発表しているくらいなのだ。もう読者の想像に任せるしかないようだ。

チョコレートは食べ物ではなく飲み物だった

チョコレートドリンク。メキシコでは、ショコラテと言われ、今でも飲まれ続けている

ここまで、説明したようにチョコレートはつい最近まで飲み物だった。少なくとも、28世紀の間、中南米とヨーロッパでは特権階級の間の飲み物で、フランス革命と産業革命の影響で、飲み物から固形物になったという。近現代史に関しては、後編を待ってほしい。

おまけ。カカオ?→チョコレート?→ココア?


カカオから加工されてチョコレートになるが、ココアのチョコレートとの違いを説明できる人はいるだろうか?
実は、オランダの科学者、ヨハネス・ハウンテンがこのココアを発明した。1828年ハウンテンは、アムステルダムでチョコレートからカカオバターの大部分を取り除く圧搾機を開発した。脱脂して、アルカリ処理したチョコレートは脂肪分がほとんどなく、水に溶けやすいものとなった。ココアの誕生だ。今、日本でもココアといえばバンホーテンのココアを思い浮かべる人も多いだろう。


近代の様々なチョコレートと手前は、チョコラテの原料と実際に調理した
チョコラテ(チョコレートドリンク)。モリーニョで泡立ててみた。