こんにちは。ナダの山口です。

チェ・ゲバラの映画『エルネスト』が10月6日に日本で公開されるのを前に

チェ・ゲバラが再び注目されていますね。

本名、”エルネスト・ラファエル・ゲバラ”の名字をとった題名ですが、

ゲバラ率いる革命軍に”フレディ前村ウルタード”という

唯一の日系人がいて、彼の半生をゲバラやキューバ革命と共に描く映画のようです。オダギリジョーが主演を務め、日本とキューバの合作映画というめずらしいスタイル。予告編見たけど、オダギリジョーがラテン人になりきっていて、かっこいいですね~。

っと、ここで映画の話は割愛させて頂き、やはりメキシコ関係のブログなので

チェ・ゲバラとメキシコの関係を書きたいと思います。

チェ・ゲバラというと、キューバ革命が有名で、その次にアルゼンチン人、そして

ボリビアで銃殺されたように、この3国がゆかりの深い国として挙げられますが、

実は、メキシコもチェ・ゲバラと深い関係があったのはご存知でしたでしょうか?

チェ・ゲバラが革命を思い立った場所はメキシコだった

キューバの革命広場

当時25歳のチェ・ゲバラは、1953年、12月政情が荒れていたグアテマラを旅行していました。

そこで、ペルー人女性の政治活動家、イルダ・ガデアに出会い、

政治や社会運動に造詣を深くしました。

そして、グアテマラ隣国であるメキシコで二人は落ちあうことにしたのです。

二人は、別々にグアテマラを発ち、1954年、メキシコシティで再開しました。

舞台は変わって、1955年7月8日、キューバのフェデル・カストロ(29歳)は、キューバ刑務所から釈放されメキシコシティーに流れ着きます。この時、チェもカストロもお互いを知りません。出身国も違うし活動場所も

違っていたので、当然ですね。

しかし、その二日後の7月10 日、メキシコシティのある場所で二人が出会いました。

出会った日、彼らは10時間以上語り合った後、キューバ革命の

成功を誓っあったといいます。カストロは、チェにこう言います。

「来年はキューバに進軍する。あとはキューバを解放するか、われわれが死ぬかだ」。

さらに、チェは、両親にカストロとの出会いを手紙でこう綴っています。

「彼と知り合ったのは、メキシコのある肌寒い夜のことでした。初めての話題は、

国際政治についてだったのを覚えています。その夜の明け方には

僕は未来の遠征隊の一員になっていました」。
フィディルの一言は、正義のために何かしたいという一途な思いを動かすには十分なものだったのでしょうね。

インペリアルアパートメントとは

メキシコシティーのインペリアルアパート ここで日夜論戦が繰り広げられた

二人にとって異国の地であるメキシコ。それでも、二人を迎え入れた

土壌があったと言えます。最大の場は、メキシコシティーにある

マリア・アントニア・ゴンザレスという女性の住まい。ここが世に言われるインペリアルアパートです。

キューバのモンカダ事件の関係者が集まる場所である、アジト的な部分とサロン的な場として機能していた気がします。

この女性についてはあまり情報がないのですが、遠征隊の第一の支援者だったのです。

ゲバラのメキシコ生活

何も仕事のアテがなく転がり込んだメキシコシティー。

よく、中心街のプラザ・デ・ラス・トレス・クルトゥアスを散歩しながら

子供や観光客の写真撮影をして小銭を稼いでいたといいます。

また、メキシコで結婚したチェ・ゲバラとイルダは、

新婚旅行も兼ねてか、よく古代遺跡を見て回ったと言います。

訪れた場所は、チアパス州のマヤ遺跡やパレンケ、ウシュマル、チェチェンイッツァなどユカタン半島を二人で観光しました。メキシコシティからなら車でも10時間以上かかる場所。さながらハネムーン気分だったのでしょうね。

しかし、すぐにキューバ革命の訓練が始まり、共同生活は1年たらずで、別居することになります。

訓練は、メキシコシティ郊外のポポカテペトル山での登山訓練やスポーツセンターの

ロス・ガミトスで射撃訓練をしていました。このころより、ゲバラは「訓練でいつでも死ぬ覚悟が

できている」と話しています。

インペリアルアパートメントは今でも観れる

このインペリアルアパートは、今でも普通に見ることができます。

でも、フツーに人が住んでいるので、外観をみることしかできません。それでも、小さな張り紙が貼ってあって

チェとフィディルが語り合った場所として一部の観光客は見に行くようです。メキシコシティに行かれた際は、

ぜひ覗いてみるといいでしょう。レフォルマ通りという中心部の大通り近くにあるので、行きやすいですよ。

☆メキシコシティのインペリアルアパート地図

まとめ

今でも人気のゲバラのTシャツ

いかがでしたか?キューバとお隣の国のメキシコは、チェ・ゲバラとフィディル・カスロトが出会う重要な

場所だったとおわかりいただけたのではないでしょうか。

私としては、メキシコこそ、チェが革命家になると決意した場所と

言っても過言ではない気がします。

こぼればなし:「ゲバラの再来と言われたメキシコの革命家」

ところで、チェ・ゲバラのようなかっこいい革命家はもういないのでしょうか?

実は、メキシコでチェ・ゲバラの再来と言われた、サパティスタ民族解放軍の

マルコス副司令官という人物がいるんです。目出し帽をかぶり、パイプをくわえた謎のイケメン。

そのうち、マルコス副司令官やサパティスタについてお伝えしようと思いますので少々お待ちくださいね。

それでは、最後までお読みいただきありがとうございます。